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回想録 西武編

 小学校の高学年の頃、東伏見に引っ越した叔父を訪ねる際に初めて乗った西武線。昭和40年初頭であったが、沿線は畑と武蔵野の雑木林がまだ多く残っていて、冬はからっ風でいつも土ほこりが舞い上がっていた風景が印象深い。
 当時は旧国鉄のモハ31、モハ50、クハ16などのお下がり車が活躍していた。旧型車両からすっかり103系に置き換わった山手線の高田馬場駅で西武新宿線に乗り換えると、ベージュにローズピンク色はしていても出身は旧型の国電であることは床が木製でワックスの匂いでそれと判った。釣り掛け駆動のうなり音やゴツゴツした乗り心地が印象深い。
 顔は旧国鉄のモハ50の原型をよく留めていたクモハ311が好みであった。湘南顔の351系や451系、601系と新しい顔が混じりだしたが、バスのような顔は好みではなかった。
 西武は暫く2枚窓の湘南顔を会社の顔にしていたようで、生来3枚窓が好きな私にとってはあまり気を引かれる存在ではなかった。昭和44年に登場したレッドアロー号は誰が見ても特急列車にふさわしい顔ではあるが、私にとって4灯式の前照灯周りのデザインは自動車のそれを感じさせて”電車の顔”としては受け入れがたかった。

 顔に関してはお気に入りが居なかった西武ではあるが、その路線の張り巡り方には興味が尽きなかった。武蔵野を広くカバーしており、昭和40年代の是政線(現多摩川線)、多摩湖線、国分寺線などの単線区間は東京とは言うものの、畑の中を進み、雑木林をくぐり抜け、小さな小川を渡るローカル線の風情があふれていた。アニメ"となりのトトロ"の森は狭山丘陵がモデルと聞くが、アニメの中に登場する2両編成の電車は現在の狭山線であろうか? 
 高校生のとき、現代国語の教科書に載っていた小説家、上林暁の"花の精"という作品を読んだのだが、戦前の是政線が舞台で、夕闇の中、前照灯に照らされた一面の月見草をかきわけるように進むガソリンカーが描かれており、西武線というとその幻想的なイメージがいつも浮かび上がるのであった。

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